|
上田秋成著 『雨月物語』
雨月物語は、五巻(白峰・菊花の約(ちぎり)/浅茅が宿・夢応の鯉魚/仏法僧・吉備津の釜/蛇性の婬/青頭巾・貧福論)からなる幻想的な小説で、中国の古典を換骨奪胎したものだそうです。
映画やドラマの原作としてもしばしば用いられていて、代表的なものは溝口健二監督の雨月物語(1953年・出演は京マチ子・田中絹代ら・ベネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞)。この映画は「浅茅が宿」と「蛇性の婬」を基としています(NHKのBS-2で放送されたときに見たけれど、原作の方が良かった)。 それぞれに味わいがありますが、「蛇性の婬」が最も深みがあるように思います。実際、他の巻は一巻に二編なのに、この作品のみ一巻に一編。作者の上田秋声も力が入ったのでしょう。 ◇ 「蛇性の婬」のあらすじ 主人公の豊雄が雨宿りの際に、上品な美女(県の真女子)に出会う。豊雄は真女子に惚れ、真女子も豊雄に惚れる。二人は契りを交わし……、やがて、豊雄は真女子を妻に迎えようとする。だが、真女子に渡された太刀が盗品だったために罪に問われ、厳しい詮議を受ける。そして、女を捕らえようと向かった武士たちの目の前で、真女子は怪異とともに姿を消す……。だが、話はここでは終わらない。姉夫婦のところに身を寄せた豊雄は、再び真女子と出会う。そして、真女子が豊雄との復縁を願い姉夫婦に嘆願すると、姉夫婦は情にほだされて二人を夫婦にしてしまう。二人の愛情は日に日に細やかに……。 春、豊雄と真女子は吉野に旅する。乗り気ではなかったが、豊雄に言われてついていった真女子は、神社に仕える老人に邪神としての正体――年ふる大蛇――を見抜かれ姿を消す……。 助けられた豊雄は心を入れ替え、妻を貰う。だが、真女子の執着は終わらず、新妻に憑いて姿を現わす――。新妻の両親は何とかしたいと鞍馬寺の僧を頼むが、法力足りず邪神の力に負けてしまう。それを見た豊雄は「私を慕う心は世の常の人とはかわりない」と新妻の命を助けるかわりに「私をどこにでも連れて行くがいい」と告げる。真女子はうれしそうにうなづくのだが、新妻の両親は道成寺の聖人を招き――。 ◇ もちろん、邪神が退治される話として創られているのですが、読んでいると、真女子の悲恋としか読めません。ここまで女性に惚れられるのが、男にとって幸せかどうかはわかりませんけれど……(苦笑)。 作品の評価が時代と共に変わるのは当然のことでしょう。シェークスピアの『ベニスの商人』が、当初はユダヤ人商人のシャイロックを笑う喜劇だったのを知った時は驚きましたが、作品が人間の本性を描いていると、(作者を裏切って)時代を超えた普遍的な価値をもつのだなぁと……。『雨月物語』もそうした価値をもつ作品でしょう。 (2008年08月) 『国民の文学17 江戸名作集』所収 円地文子訳 河出書房新社 |