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山際淳司著 『ナックルボールを風に』ナックルボールっていうのは究極の変化球だという山際氏の説に賛成したい。なんと言ってもピッチャーにも行き先がわからないというのがいい。それにスピードが出ない。時速140〜150kmの速い球を投げるプロ野球の世界でナックルボールは時速100〜110km程度。野球をやっていなかった私が高校3年の時に107kmだったことと比べれば、これが如何に遅いかわかるというものだ。ところで、このナックルボールに対する考え方の日米の違いというのは、比較文化の視点として面白いと昔から思っている。日本では優れた投手の規準に「狙ったところに寸分狂わず投げられる能力」というのがある(ようだ)。そのせいか「何処に行くかわからない」ナックルボールを「狙ったところに」投げることを求める。これはそもそも無理であって、結局、優れたナックルボーラー(ナックルボールを主体・決め球として投げる投手)が現われない。それに対して「狙ったところに」投げられるパームボールやフォークボールを決め球として投げる投手は何人もいる。 一方、アメリカ大リーグでは「打たれない」投手が優れた投手である(らしい)。だから「何処に行くかわからない」変化球でも「打たれない」なら優れた投手なのである。ここらあたりに、日米の〈能力〉あるいは〈優秀さ〉の評価のものさしの違いがあるらしいと昔から思っている(この本によると、そのアメリカでもナックルボーラーは好かれてはいないようだが)。 このものさしの違いは捕手の場合にも影響しているようだ。日本の場合には、「狙ったところに」投げられることを投手に求めていることの影響か、捕手に対して「手の届く範囲はどんなボールでも止める」ことを求める度合いは低かった(最近は変ってきたが)。来ると思っているところに来ないのは投手が悪いというわけなのだろう。一方、大リーグの捕手は「手の届く範囲はどんなボールでも止める」ことを求められる。後ろに逸すようでは失格とされるのである。 ところが、「何処に行くかわからない」変化球を受けるのは大リーグの捕手にも至難の技のようで、ナックルボーラーがいるチームの捕手はパスボール(というミス)をしても評価が下がらない。このあたりの評価の仕方(メカニズム)は、日本と違って面白いと思う。投手に対して減点法をとらない、また、捕手に対して減点法をとる場合にも状況を考慮に入れる。 と、長々と好きなことを書いてしまったが、山際氏のスポーツに対する視線には、上に書いた比較でいえば、日本的ではないものがある。その意味で好きなライターの一人なのだ。日本のスポーツ=ジャーナリズムには、こうした視線を持った人が少ないので、頑張って欲しい人でもある。 さて、この本で扱われているのはプロ野球ばかりではない(圧倒的に多いが)。順に列挙してみると……池田純一・西本幸雄・江夏豊・長嶋茂雄・金田正一・青木功(ゴルフ)・加藤初・足立光宏・落合博満・渡嘉敷勝男(ボクシング)・小林繁・タイガーマスク(プロレス)。それぞれのプレイヤーのスポーツマンとしての人生の一場面が魅力的に描かれている。 (1992年02月) 角川書店 1988 |