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家田荘子著 『私を抱いてそしてキスをして』

 家田氏のノンフィクションで、南野陽子主演の映画のタイトルにもなった(映画の内容は本書とは全然違うが)作品。
 本書の方は、著者が、個人的被差別体験(配偶者が米軍の医療関係の仕事をしている黒人であることが原因)からエイズに意識を向けるようになり、配偶者の転属にともない転居したUSA本土(ジョージア州)でエイズボランティアを始め、やがてエイズ患者である友人たちを失うまでが書かれている。

 この本が出版された1990年頃、エイズ患者をめぐる状況は(USAでも)厳しかった。有効な治療法はなく、様々な要因から生じる差別に曝されるだけ。家族から拒絶され、社会から排除される……。

 日本でも状況は同じで、きちんとした情報が少なく、恐怖を煽る、あるいは差別を煽るような噂話ばかりが流布していた。そのため、エイズについてきちんと知りたいと思うなら、まっさきに読むべき本として推薦されていた。確かに読みやすく、ボランティアを始める時に彼女が受けた講習が基になっているので、エイズについての知識も(当時としては)信頼できた。

 たとえば、

 (1) 家具の共用
 (2) 食器の共用
 (3) バス・トイレの共用
 (4) くしゃみ・咳
 (5) 唾・涙
 (6) 尿
 (7) 蚊に刺されること

 こうした項目は感染の原因とならないのだが、これをきちんと紹介している(本書p.73-74)。

 また、実際にボランティアとして交流したエイズ患者が描かれているので、机上の理屈ではなく目前の事実として、科学的な理論ではなく具体的な経験として、迫ってくる。当時の日本で大きく話題となったのは当然だったろう。


 時は流れ……て、2009年。


 病気としてのエイズについては、有効な治療法も確立し、早期発見・早期治療を行えば、通常の社会生活を行うことができる。薬が効かなくなる心配や経済的不安など、患者・感染者へのサポートは不十分な面もあるが、感染すれば発症し、死を免れられなかった20年近く前とは状況は違う。

 ただ、日本は、先進国中で唯一、現在でもHIV感染者・エイズ患者が増え続けている。というのも、広報活動がいつの間にか微々たるものになり、「偏見と誤解」・「無知と無視」ばかりという状況になっているからだ。

 もちろん、個々には熱心に活動(啓蒙・援助・教育・治療・研究など)している人たちも大勢いる。しかし、教育現場では、「性」が絡むため扱いに政治的対立が持ち込まれ、結局、パンフレットを配るなどの対応で終わっているようだ。

 事実から云えば、知識をもち、きちんと行動すれば、エイズは怖くない。

 自分の意志で(ほぼ完全に)予防できるからだ。問題は「感染する」というイメージ。そして「性」と「ドラッグ(麻薬・覚醒剤)」と深く結びついているという「悪」のイメージ。さらには「死」のイメージ。


 多くの国で、“恐怖を強調する”キャンペーンで失敗している(洋の東西を問わず、そうしたキャンペーンでは人間の行動を変えられず、社会の差別を強めるだけに終わるらしい)。その反省の上に、正しい知識を普及し患者・感染者をサポートする政策に変更したことで、感染者の増加を抑えるのに成功した国は多い。

 結局、正しい知識以外、対抗する方法はないのだろう。


(1992年06月/2009年07月)

文芸春秋社
1990刊


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