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井原西鶴著 『吉行淳之介訳 好色一代男』
この本は吉行淳之介の小説ではなく、井原西鶴の著した『好色一代男』を吉行が現代語全訳したものです。
訳文は、全編を通じて吉行の美意識に満たされ、好みは分かれるでしょうが、私には心地よいものでした。また、一緒に収録されている訳者覚書からは、吉行が真剣に訳に取り組んだことや大胆な発想がわかり、こちらはこちらで魅力的でした。 さて、原作者の井原西鶴に話を代えましょう。 西鶴は、1642年(寛永)に生まれ1693年(元禄)に死んだ人形浄瑠璃作家。俳諧で名を成した他、1682年に『好色一代男』を発表、以後、『好色五人女』や『日本永代蔵』・『世間胸算用』など浮世草子の作品を数多く残した、ということです。 この『好色一代男』は、八巻におよぶ西鶴の最初の浮世草子(吉行によれば小説ということになる)で、「世之介」という男の五十四年――七歳から六十歳まで――を描いています。 主人公の「世之介」は、「『夢介』と遊里で異名をとった男」が「その頃とりわけ名高い葛城、薫、三夕の三人の太夫」を「身請けして、嵯峨の奥や東山の麓、また伏見の藤の森に、ひそかに住まわせ」て「ちぎりを重ねているうちに、この中の一人が」生んだ男の子であり、七歳にして色事に目覚め、「遊び心をとどめようもなく、恋に身をくだき、その生涯で、たわむれし女三千七百四十二人、少人のもてあそび七百二十五人」ということになった男です。 内容はといえば、タイトルが表すように好色――交情と恋愛――が描かれています。ですが、多くの人が想像しているようなエロ小説でも官能小説でも恋愛小説でもありません……。 では何か? 近いと思うものを挙げろと言われれば、『源氏物語』ということになります(読んだことがあるのは、寂聴訳と谷崎訳の一つなので、だいぶ無責任な連想ですが……)。どちらも、男女の交わりが(『一代男』では男同士の交わりも)書かれています。しかし、“交わり”が筆者の描きたいものの中心ではない点が似ていると思うのです。私には、紫式部は“光の君”をめぐる女を通して女の様々な心情を語り、西鶴は「世之介」の姿を借りて男の様々な心情を描いているような気がします。 (2008年08月) 中央公論社 1981刊 |