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近畿化学協会編 『いのちと暮しのケミ・ストーリー』
この本は化学の面白さを新しい形で表現しようとしている。化学は難しいとか、とっつきにくい、つまらないというイメージがある。それを打破するために化学者が化学の言葉で身近な世界・・いのちと暮し・・の14の話題を語ろうという趣向である。
扱われている話題は生化学・蛋白質化学・高分子化学・材料化学・合成化学といった多様な分野にわたり、一見してばらばらな印象を受ける。また、それぞれの分野の専門家が各話題を分担して執筆しているため全体としてのまとまりがなく、雑然とした印象が強かった。 編者たちは、専門家向けにではなく「外に向かってもっとわかりやすい言葉で化学を語ろう」と言う一方で、化学の素養のある人々を読者層として想定するという中途半端な方針をとったため、一般の人向けの文章を書こうとしている執筆者がいるかと思うと、専門家向けの論文のような文章を書いている人もいて、わかりやすさに差がある。後者の場合には、その分野の知識を持っていないとほとんど理解できない。 では、全く役に立たない本かというとそこまでひどくはない。学問の最先端を知るつもりなら、なかなか価値のある本である。紹介されている逸話や、くわしい話の中には「へぇー、そうだったのか」と感心するような話がいくつかある。また、上に述べた各分野について持っている断片的な知識を整理したり、あるいはより詳しい知識を獲得したりするのには有用だろう。それぞれの章末には参考文献が載せられているので、この本から始めてさらに勉強を進めることもできる。 化学がつまらないという人は多い。あるいは、化学はわからないという人も多い。しかし、化学という学問そのものはつまらないものではあるまい。例えば、生命現象のような複雑な現象が、化学の言葉つまり物質の言葉で語られるのを理解するのは楽しい。要はその楽しさをどうしたら人に伝えることができるのか、である。この本のように身近な世界を化学で語ることを通じて人に化学の楽しさを伝えることは、もっとチャレンジされていいことであろう。この本ではその意図は失敗しているが。 (1991年01月・筆) 化学同人 1989 |