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シルツ著 『そしてエイズは蔓延した AIDS(上・下)』エイズの歴史を、アメリカを中心に、1976年7月4日から1987年6月1日まで綴った本。 著者のSHILTS氏は新聞記者。自身がゲイであり、エイズ問題の重要性を早くから見抜き、徹底的に取材していた。この本はそこから生まれたものである。 本書は「何年の何月何日にどこで誰が何をしたか(しなかったか)」というスタイルで貫かれている。複数の場所での同時進行ということもあるが、ひたすらに時の流れに従って書かれていく。それは〈エイズに立ち向かった人にとっての本当の敵が時間であった〉こと(第12章 時は人の敵)を象徴しているかのようである。 アメリカでは、「エイズが何であるか、どうすれば良いのか」を理解している人はずいぶん早くからいた。ところが、そうした人の声が様々な理由によって政策に反映されなかった。 アメリカのエイズ禍の原因は、エイズの対策が見つかってから実際に政策に反映されるまでの時間だったのである。この本は、そのことを取材にもとづいた多くの事実によって浮き上がらせていく。 また、個人の自由の主張と差別反対の主張がエイズ禍を増長したという事実にも驚愕させられる。 ゲイたちは――それまでの被差別の歴史が原因で――自分たちの自由が少しでも制限されることを「差別だ」として反応した。バスハウスという性産業(同性愛者のための風俗産業で、これがエイズ蔓延の元凶であった)を閉鎖するようにという公衆衛生からの忠告に対して、「セックスで染る証拠がないのに、バスハウスの閉鎖を認めるのは権利を放棄することだ」と反応し、もっと言えば「バスハウスの閉鎖を主張する人はゲイ差別主義者だ」と反発したのである。 いま、後から冷静な目で見ればなんと愚かな、と思う。しかし、ちょっと想像力を使ってみる。もし、自分がゲイで、タブーとして差別を受け(アメリカは州によっては同性愛行為を法律で禁じ処罰している)、そしてやっとの思いで権利を獲得したとしたら……。そしてその権利を放棄しろと言われたら……。このバスハウスの閉鎖という問題は、ゲイの中にも対立を生み、それがゲイグループ間の政治的対立によって大きくなっていく。そうした不幸な現実の前に、対策は立ち止まり、時間だけが流れ……そして感染者・患者は増加し、そして死んでいったのである。現在の多数の感染者・患者の存在は、驚くに足りない。それは、予想された事実なのだから。 ◇ と、この本を紹介してから20年以上が経つ。この間に、エイズをめぐる状況には大きな変化があった。何より大きいのが治療法の発見だろう。ワクチンは開発されていないが、有効な治療薬が利用されている。だが、問題が解決したわけではない。高い価格。特許をめぐる対立。耐性の出現。そして社会的な偏見と差別。 もう一つ変わらないのが、時間が人の敵になる現実だ。自然災害であれ事故であれ、被害者の中に対立が生じるだけでなく、被害者とそれ以外の社会の人々の間にも、被害者と支援者、支援者の中にも、対立が生じ、時間だけが流れている……。 (1992年09月に書き2013年08月に直す) 草思社 1991 |