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精子発見のイチョウ(小石川植物園



デイビス著 『ぼくと彼が幸せだった頃』

 この作品はとても美しい恋愛小説です。私は恋愛小説は全然読む気にならないので、他の作品との比較はできませんが、この作品はとても素晴らしいと思います。
 同時にこの作品は人間の尊厳を描いているとも言えるし、家族も描いてもいます。

 主人公の「ぼく」は少年時代から、自分が“ゲイ”であることを自覚し、男を愛していきます。そしてほんとうの恋人「テディ」と出会います。二人の関係、とくに心の通い合いはとても美しい(普通の恋人だから、喧嘩もあれば浮気もあるのだけれど、心をつなげようとする)。それは、男と男であれ、男と女であれ(作品には出てこないけど、女と女であれ)、変りなく美しいものだと思わせてくれました。

 作品は、二人の生活だけではなく、1980年代のゲイ・カルチャーを描き、ゲイ社会を襲ったエイズを描き、エイズによるテディの死、エイズによる死を目の前にした「ぼく」を描きます。そこにあるのは、澄んだ目です。事実は事実として受け入れつつ、なお生きている人間たちへの澄んだ目。それがこの作品に、澄んだ魅力を与えているのでしょう。

 エイズウィルス(HIV)の感染経路と、ゲイのライフスタイルとが偶然の不幸な一致(註1)をしてしまったために、エイズはゲイの社会に広まりました。エイズがゲイに広まったために、エイズは“ゲイの病気”という誤った認識と偏見がアメリカに広まってしまった。アメリカ社会に存在するゲイへの偏見と差別(これは、キリスト教のゲイに対する禁制と関係があるのだそうですが)はエイズの真の姿を直視することを妨げ、結果的に社会全体へのエイズの蔓延をまねくという失敗につながりました(日本も、同じような状況にいるわけなのですが、その危機感は薄いようです)。

 ゲイに対して「汚い」とか「異常」とか感じている人に是非読んで欲しい。
 エイズに対して「怖い」と感じている人に是非読んで欲しい。

 そう思います。

註1:
 HIVの感染経路は、血液・母子(胎盤と母乳)・性行為の3つ。このうち最後の性行為の場合、出血を伴うようなセックスや不特定多数のパートナーとのセックスが感染の危険を上げる(こうしたことは1980年代初頭にエイズが発見されたころには知られていなかった)。当時のゲイ・カルチャーでは、不特定多数のパートナーとのフリー・セックスが広く行なわれていたし(これは、男女間の性生活でも同様だった)、アナル・セックス(肛門性交:註2)は腟性交に比べて感染率が高かった。こうした不幸な偶然から、アメリカでは、エイズがまずゲイ社会に広がってしまった。当時のアメリカはレーガン大統領で、社会全体が保守化していて、ゲイに対する反発・偏見も強まっていた。その結果、エイズ対策の予算は削られ、それがアメリカでの感染爆発を招いたのである。

註2:
 男同士の性行為のパターンのひとつ。ペニスを肛門に挿入するセックス。


(1992年07月)

早川書房
1992


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