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カップの中の羊歯(Paul Bassett



本多勝一著 『北海道探検記』

 著者は、学生時代に無銭旅行で歩き回ったり、新人記者として赴任したりしていて、北海道には思い入れがあるらしい。その北海道についての文章を集めたのがこの本である。

 本は大きく前編・後編に分けられている。前編は基本的には”昔”の北海道についての文章であり、後編は”今”の北海道についての文章である。扱われている対象は、自然あり、歴史あり、民族あり、人間あり、観光・開発あり、と多様であるがそこに著者の一貫した視点が貫いているのは、本多氏の本の特徴であり、良さだろう。

 この本は〈珍しい話〉としても面白いし、本多氏の〈ものの見方〉を知るという意味でも面白いし、行政や産業、開発する側の論理の〈問題点〉を見据える点でも面白いなど、様々な楽しみ方ができる本である。だからこれ以上なんやかやと言う必要はなく、とにかく読んで欲しいと薦めるだけで十分である。

 でも、まあ、雰囲気を紹介する程度に引用してみよう。

 「知床が観光地として『発展』するということは、どういうことなのだろうか。……バスが岬まで入り、温泉旅館が並び、ヒグマやアザラシの“民芸品”が生産され、そして最後にはいまの阿寒や洞爺と同じような色にぬりつぶされてゆく。
 ……『観光』というと、日本ではこういうコースをたどるものとしか考えられていないようだ。……だが、一ヵ所くらい『なんにも手をつけない』という観光地があってもよいではないか。それが結局は最も完全な保護をすることである。
 スウェーデンには、北極圏内にアビスコという国立公園がある。……ここの基地は、ちょうど知床半島のウトロか羅臼くらいの大きさの村で、村から五○キロほど離れてツーリストクラブのホテルが一軒あるだけ。ここにゆく人は、すべてリュック姿で行き、セルフサービスで生活する。もちろん自動車道路はない。飲食店など一切なく、そのかわりホテルにはその地方についての一八世紀いらいの文献がそろっている。
 知床半島の観光について考えるとすれば、こうした例もよく考えて、根本的に対策をねるべきではないか。やるならいまのうちである。このままでは“秘境知床”がほろびるのに大して手間もかかるまい(1959年 8月15日付朝刊から)」
 やや長く引用したのは、まさにこの懸念がそっくり当たってしまったからである。まことに「“秘境知床”がほろびるのに」は二○年で十分であった。こういう現象を見ると、わが日本人にはなにか民族的欠陥があるのではないかと思いたくなるほど、なさけなく、かなしい。(以下略)

 他のところで、自身のことを、左翼からは「右だ」と攻撃され、右翼からは「左だ」と攻撃される……と書いていたが、本多氏の舌鋒の激しさが、賛否両論を引き起こすことが多いようだ。

(1990年09月に書く)

朝日新聞社
朝日文庫
1984

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