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シェイクスピア著 『ヘンリー五世』

歴史劇『ヘンリー五世』は、ヘンリー五世がフランス王の継承権を主張して親征し勝利を得るまでの物語である。主人公であるヘンリー五世はヘンリー四世の息子である。『ヘンリー四世』(二部作)では、愚行を繰り返す若き王子として登場し、高貴な身分にふさわしい姿に変身する。『ヘンリー五世』の冒頭で、たぐい稀なその変身が言及されるのは、観客に想起させる意味だけでなく、愚行をネタにヘンリー五世を莫迦にしたフランス皇太子が喫する手痛い敗北をより際立たせる狙いもあるのだろう。

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 ヘンリー五世は、フランス王・フィリップ四世の娘・イザベラの息子であるエドワード三世のひ孫なので、フランス王位の継承権がある……と主張して、フランスと開戦する。この時のフランス王はシャルル六世。彼は、フィリップ四世の直系ではなく、フィリップ四世の従弟(フィリップ六世)のひ孫である。

 この作品では、女性を通じての王位継承をめぐる議論が行われる。王の息子は皇太子になり、やがて王位につく。では、王の娘の息子は王位継承権をもつのか? 王の娘の息子の息子は? 王位継承権の女性を通じての相続は、女性が王位につく(女王になる)権利の問題とは異なる。イギリスは女王が即位し、その息子が皇太子なので、当然、女性を通じての王位継承が起こることになる。

 さて、女性は王位につく権利をもたないが女性を通じた相続は認められる場合、何が問題になるのだろうか? それは、王に弟はいるが息子がおらず、娘はいる場合である。王の死後、弟が王位を継ぐか、娘の息子=王の孫が継ぐか。いかにもお家騒動が起きそうな組合せである。

 父親から娘を通じて孫息子へ継承する相続自体はヨーロッパで珍しくないようで、そのような王位継承も起きている。この劇の第一幕第二場でも実例が列挙され、ヘンリー五世の行為が正当化される。もちろん、現実の歴史は、王家の家系だけで話が済むほど単純ではなく、複雑な利害関係が百年戦争を生み出しているのだし、シェイクスピアの『ヘンリー五世』は多分に史実を曲げて劇的効果を高めているが、この議論は、イギリスでイギリスの劇団がイギリスの観客を相手に上演する場合には必須だったのかもしれない。


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 『ヘンリー五世』には、魅力的な人物も登場するし、裏切りが暴露される劇的な場面もある。劇的と感じず、嫌味に感じる人もいる種類の"劇的"だが。というわけで、正直に言えば、私には深みの無い作品に感じられる。ヘンリー五世によるフランス征服を賞賛した作品とは思えないが、人間の業や性を描ききった作品とも思えない。大河ドラマの原作にはなるだろうし、ヘンリー五世を英雄としてハリウッド的に作れば、華やかな作品にはなるのだろうけれど……。あとがきによれば、批評も、ヘンリーの人物像を賞賛するものと、作品がもつアイロニーを強調するものとに分かれるそうだ。

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 この作品を舞台で見たいか?と自問すると、正直、あまり見たいとは思えない。CG効果満載の娯楽スペクタクル映画の方が楽しめるような気がする。

(2014年07月・筆)

小田島雄志・訳
白水社


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